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2012年2月13日

復興ボランティアチーム・上尾(ReVA)ボラバス第一弾で雪の陸前高田に!(1)

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主催は上尾市ボラバスOB有志が結成した「復興ボランティアチーム・上尾(ReVA)」。日程は2月10日~12日の2泊3日(車中泊1泊)。宿泊はあの「住田町基地」!!!

津波被災地でのボランティアは8月末以来、
20名のボラバス参加者のひとりとして真冬の陸前高田市に行ってきた。

●上尾市ボランティアバス参加OB有志がチーム結成~自力ボラバス第一弾が陸前高田に!

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宿泊は住田町の社協が運営する「住田町基地」。
遠野まごころネットと並ぶボランティア拠点で、無料で宿泊ができる。

「でも冬はすごく寒いだろう・・・」

と思っていたら全然!!!

廃校になった小学校の教室が宿泊場所なんだけど、部屋はすごいきれいでマットレスも布団も大量にあり、部屋は暖房がんがんで常に20℃以上。

夜もむしろ暑くて、毛布を途中ではずしてしまったほど。

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内陸の住田町はかなりの雪だったけど・・・

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海沿いの陸前高田は全然。
久しぶりの陸前高田ボランティアセンター。

天気も良く、絶好のボランティア日和だ。
(実は雪かき作業できると思ってちょっとワクワクしていた私・・・)

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夏にはなかった、透明のトタンで建物外にスペースができていて、そこにストーブや椅子が置かれていた。ボランティア受付場所で、寒い日のミーティング場所にも使われるらしい。

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作業から帰ってきた後に手や道具を洗ったりする場所も、熱いお湯がでるようになっており、シャワーヘッドまでついていた。奥にあるのがボイラー室。

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夏は熱中症予防が最大の課題だったけど、今は「寒さ」による怪我が要注意事項。

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この日は他にも大型バスできている団体が多く、
今年一番の人員だったそう。

朝のミーティングでは、自分らのボラバス隊長の吉沢さんが思い切り飛ばした挨拶をしてくれた。

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なんとアフリカのリベリアからテレビ取材も来ていた。

「日本へようこそ。・・・でも寒いでしょ」
「ものすごい寒いよ!」

お茶目な笑顔で肩をぶるぶる震わせるジェスチャーをしてくれた。

まだ海外の国がこうして日本の大震災に注目をしてくれているということはありがたい。

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そうして一日目のミッションが決まり、
バスに乗って移動する上尾チーム。

瓦礫撤去作業で、場所はこの日初めて着手するという一本松近くの海岸。白鳥に餌をやっていたこともある場所なんだとか。


大きな地図で見る

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すぐ横には気仙中学校。
三階建てで一番上まで津波でやられてしまっている。

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ここの堤防の外の海側にまだ散乱している木材などを、中学校のグラウンド側に運んで仕訳するというのが今回のお仕事だ。

堤防越えて運び込むのがなかなかしんどそうだなあ。

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まずは毎回の作業。

「もし大地震がきて津波発生の可能性がでたらどこに逃げるか」

今回はあまりに海沿いすぎて避難場所が近くにないので、道路を越えたところにある崖を、とにかくなるべく高いところまで駆け上がるようにとの指示。

津波が到達した場所は、木が赤茶色になってしまっているのでよくわかる。

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そして作業開始!
ほんとに天気いいでしょ。

結構厚着していったんだけど、ちょっと動いたら、むしろ暑くて仕方ないほどになった。

日差しが厳しかった夏より、むしろ楽かも。

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足場が悪い斜めにネットかぶせた場所で、細かい木材やプラスチックのゴミなども丁寧にとりだす吉沢隊長。

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そして休憩。
ボランティア活動はどこもそうだけど、「絶対に無理しない」が基本。
休憩も多すぎると思う程、こまめに挿入される。

ただ冬は、動かないでいると汗が冷えてしまうので、
休憩が多すぎるのもちょっとつらかったりして。

お湯がわかされ、温かいコーヒーやココア、生姜湯などをいただいた。

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そして午前の作業は終わり、
仕訳されたゴミの山。

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バスの中でお弁当を食べ、再び作業場に戻ってきたら、警察官が数人きていた。

現場では、こんな時期だけどというべきか、こんな時期だからなのか、今でも遺骨が見つかる。自分たちが到着した前の日も、川のところで亡くなられた方の遺骨が見つかったそう。

もしそういうことになったら、一切触らずボランティアセンターに連絡。そうすると警察官がきてくれるのだという。

今回自分がいた現場ではそういうことはなかったけど、柄の長い鍬のようなものを持った警察官が海岸線歩いていたので、もしかしたらそれらしきものが別の作業場で見つかって、確認にきていたのかもしれない。

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午後は、別チームが集めた瓦礫を、堤防越えてグラウンドに運び込む作業にジョイン。

今一つ収穫物が少なかった自分らチームの作業場と違い、こっちはかなりの豊漁。やっつけ甲斐がある。

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流れ作業でどんどん運んでいく。
上尾チームは男性11人・女性9人、60代も数人いるんだけど、リピーターも多く場馴れしてて、作業はけっこう効率的。息もあわせやすい。

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重機入れず、マンパワーだけで地道に運んで行かないといけない場所で、最初は「終わるのか?」と思うような山だったんだけど・・・

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あっという間にすっきり!
人手ってすごいよね。まー、疲れたけど。

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運んだゴミは堤防の反対側に。

でも実はここ、場所間違っていたらしい。

「堤防と建物の間って、重機入ってくるの難しいんじゃない?」
「でもこの間に投入するよう指示されてるって」
「そうなんだ~」

という会話も交わされていたので、割と多くの人が「ほんとにここか?」と疑問に思っていたっぽいけど、やはり違っていた。

今度この大量のゴミを、グラウンドに移動する作業を別のボランティアチームが手掛けるのだろう(本当は自分らが翌日やる予定だったけど、雪で中止になってしまったので)。

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そして少し早めにこの日の作業を終了し撤収。

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瓦礫の山だらけの町を走って市内中心部に。

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ほぼすべての建物が津波でやられた陸前高田市の中心部。
市役所のまわりの大きな建物だけが残っている状態で、あとは埋立地のような風景が広がっている。

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この日は2月11日で月命日。
震災が起こった時間に、全員で黙とうをささげた。

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ここでも多くの方が亡くなった。
天井の何かにつかまった人だけが助かったというような話を聞いた。

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あの日から時間が停まってしまった街。

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それでも、来るたびに少しずつ変化していると他のボランティアの方がいっていた。市立図書館の中の本も、散乱状態だったものが、きれいに積み上げられていた。

気の遠くなるような作業だけど、
地元の人やボランティア達が、地道に地道にこなしていく。

一歩ずつ。
地道すぎるけど一歩ずつ一歩ずつ。

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陸前高田ボランティアセンターに戻ってきたら、熱い飲み物と一緒に、板チョコが配られた。仮設住宅に住む地元の方々からボランティアへのプレゼントなのだという。

美味しい♪

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帰るバスを並んで手を振って見送ってくれるのが、
陸前高田ボランティアセンターのスタイル。

そうして一日目は終わり、住田町基地へ。

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夜は具だくさんの豚汁!


チームの中の女性メンバーの一部は、仮設住宅がある広田半島のモビリアに行き、別の活動を行っていました。そちらの様子は「陸前たがだ八起プロジェクト」のブログに掲載されています。


> 続く

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このページは、wadaが2012年2月13日 02:57に書いた記事です。

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