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トルファン一日ツアー

写真朝9時半にホテルロビーで待っていたら「もうひとり、欧米人だけどいた」と笑いながら、昨日会った客引き兼ガイドのウイグル人がやってきた。

車に行ってみると、とてもきれいな白人女性が一人。
乗り込んで英語で挨拶をする。

彼女の名前はジョディ。
カナダ人で、なんと3か月の旅程で単身旅行しているとのこと。自分が一緒になったことをとても喜んでくれ、「あなたは英語が上手だ」と何度も褒める。

自分は、決して英会話得意でない。
文法無視、知ってる単語をつなぎあわせて、やっと文章を作っている状態。

「いくらなんでも褒めすぎだろ・・・。でもネイティブなのにゆっくり話してくれ、いい人だなあ」と思っていたのだが、よくよく考えたら、星付きホテルのフロントスタッフですら英語が通じない国で、しかも漢字も読めないカナダ人が2か月もひとりで旅行しているのだ。

とりあえず会話は成立し、中国のトイレ事情についてのジョークも通じる相手=自分に会えたことは、確かにうれしかったのかもしれない。

そういう私も、一日ずっと人と話をしていたのは、旅行中初の体験。
なにより、一緒にまわっていて非常に心地よいジョディと組めたのは、とてもラッキーだった。

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最初の訪問先は、交河故城。
麹氏高昌国時代に築かれたもので、とにかく広い遺跡だ。

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レンガを積んだ建築物は、こんな風にレンガ跡が残っているところもあるが、ほとんどのところは、自然の造形物のようになっていた。

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前を歩いているのがジョディ。
会ったばかりの、しかも外国人と二人だけでまわるってうまくいくのかなとちょっと心配だったけど、まったくの杞憂だった。

「さあ分かれ道。どっち行くべきと思う?」←ジョディ
「うーん、既に私は自分がどこにいるかわかってない・・・」←私
「同じく。じゃ、こっちにする?」
「そうしよう」

という感じで、あまりお互いに気を遣いすぎることもなく、かといって勝手に動くでもなく、時間にも追われず、我慢もなく、気持ちよくてくてくまわれた。

日本人と一緒でも、こんな風に必ず行くとは限らない。

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遺跡もすごいが、その向こうの荒涼とした風景もまたすごい。

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ジョディに撮影してもらった写真。
旅行中便利なんで、かなり短く髪の毛を切っちゃっています。
(たぶん普通に歩いていたら、男性に見えると思う)

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これはカレーズ。
トルファンは、地下水路で取水しているオアシスだ。

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もっと本格的なカレーズも見れるのだが、そっちだと40元。
運転手のおじさんが、「むこうなら10元でいい」ということで連れて行ってくれた。

ジョディがすごいのは、全くウイグル語がわからないのに、おじさんの話をずっと聞いて「たぶん、こういうことを言いたいんだと思う」というと、本当にそのとおりだったということ。

「なんでわかるの?」
「イマジネーション」

他の点でも、旅慣れた様子を何度も見せてくれたジョディ。
ひさしぶりに「旅人」を見た。

そして何かを刺激されてしまった。
彼女は格好いい。

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次に訪れたのは、蘇公塔。
その前の場所も、最後の最後まで、他の旅行者にまったく合わず、ジョディと二人「貸し切りだね」「オフシーズン万歳」などと言いながら歩いていたのだが、ここもガラ空きだった。

ひとりだったら、逆にちょっと落ち着かなかったかもしれない。

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これは、100%カシミールのストール。
きれいなブルーの一枚が気に入ったようで、にこにこ笑いながら値段交渉に入った。

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売り子の女の子ではらちがあかず、店長らしきおじさん登場。
並んで計算機を見ながら、まだまだ値段交渉。

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商談成立の笑顔。
確か70元くらいで買っていた。

「最初の値段はいくら?」
「280元」
「ははは、いい買い物だ」
「でしょ♪」

ところがその後、同じストールの赤い色を見つけまた悩み始めた。
どっちがいいだろう・・・と。

帽子とサングラスをわざわざはずし、
両方の色を肩にかけ、「私に似合うのはどっちの色?」と聞いてくる。

赤と水色とどっちが合うかと聞かれても全然わからないよ。

とりあえず「トルファンの水色がいいんじゃないかな?」と答えたけど、後で考えたら、欧米人ならではの「自分の髪の色と眼の色にはどっちの色があう?」ということだったんだなと。みな同じ目と髪の色をもつ日本人には、ちょっとわからない感覚だった。

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雲ひとつない青空に、塔が映えていた。

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隣はモスク。
久しぶりだ~!!!

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火焔山。
西遊記にも登場する赤みがかった山だ。

このあたりの砂漠には、アーム状のクレーンのような機械が点々とあり、「水をくみ出しているのかな?」と思っていたら、石油だった。あんな小さな機械で石油がとれるのかと、ちょっとびっくり。

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ベゼクリク千仏洞。
既に敦煌をまわってきているジョディは、ここはパスということだったので、ひとりでチケットを買って入った。(ジョディは「私は散歩してくるから」といって、砂漠に消えてしまった・・・)

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ごつごつした岩山の谷間に、川がかなり勢いよく流れていた。
その周辺だけに緑がある。

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その崖の片側に千仏洞がある。

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ただ、このエリアはイスラムによって仏教遺跡が破壊されたり、外国人探検家がはぎとってしまったところで、ここの壁画も顔が削り取られているものが大半だった。

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そして、二人がかなり自由きままにゆっくりまわってしまっていたので、遅いお昼。

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ウイグル人の家庭体験・・・といったところか。
(実際には、そうした旅行者向けに作ってあるところだと思うんだけど)

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この真中にあるパン(?)がおいしかった!
適当なところを折って、お茶につけたりして食べるみたいなんだけど、癖になる味で、ばくばく食べてしまった。

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ウイグル名物の「ラグメン」。
羊のお肉やトマトなどがのっている手打ち麺だ。これもおいしかった!

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そして吐峡溝。

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中は写真撮影禁止ということなので、外からの風景だけだが、昔ながらの村が残っていて、そこをそのまま観光スポットとしても解放している。

中には、特にお土産物屋さんがあったり、観光客向けのレストランがあったりということもなく、ただ、普通に村があるだけ。

竿の両端にバケツをつけて水を川から汲んでくる少女。
同じく川で洗濯をしているおばさん。

ぶどう畑の手入れをしているおじさん。

観光客を受け入れている感じがまったくなく普通に暮らしている雰囲気がなんともよかった。

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その村の中に唯一観光客向けに「千仏洞はこちら」みたいな看板があったので、そっちに向かって歩いていくことにしたのだが、びっくりするほど遠い。完全に村を抜けた後もまだまだ先があった。

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川沿いにてくてく歩き続け・・・

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危険なので早く通過しろと書かれた看板を通り過ぎ・・・

「何がデンジャーなの?」
「岩が落ちてくる?何がデンジャーかわからないのが最大のデンジャー」
「うん、確かに」

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岩肌にとりつけられた階段を上り・・・

「ねー、もうギブアップしていい?」
「私が先にギブアップするよ」
「OK」

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やっとたどりついた洞窟の中には何もなかった。
(あとでよくガイドブックを見たら少し乗っていて、どうやら鍵のかかったところを管理人のおじさんに開けてもらってみるんだとか。ハイシーズンじゃないとだめだったのかも。自分たち以外いなかったし)

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ラストはタクラマカン砂漠。

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「アイ・ラブ・デザート」と語るジョディ。
全く臆することなく、ぐんぐん砂漠に突っ込んでゆく。

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いや~、ほんとにきれい。
エジプトでも砂漠はよく見ていたけど、もっとごつごつした砂漠がほとんどなので、こんな細かな砂の砂漠は初めてだ。

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ジョディにビデオで撮ってもらった。

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砂以外、本当になにもなく、
たまにあるのはこんな枯れ木。

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ジョディ・・・あなたな一体どこまで行く気だ!?
ロブノールを探しに行くのか?

ビデオで彼女の姿をかなりたくさん撮影したので、あとで帰国したら、この一日のツアーの分を編集してDVDにして、東京に来た時にプレゼントしてあげようと思う。
(11月末から12月にかけて、京都・高野山・東京をまわってからカナダに帰国する予定)

「次は、砂漠をハイキングするの」
「お水と果物持って・・・」
「あとサンドイッチもね」
「それはいい」

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砂漠は本当に気持ちがいい。
いつまでもじっと、波のようなうねる丘と砂紋を見つめていたい気分。

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歩き続けてへとへとになったツアーは大満足のうちに終わり、
夜は、ジョディと運転手さん、あと客引きのウイグル人の4人で食事に。

日本語ぺらぺらなので、てっきり英語はさらにうまいのかと思っていた客引きウイグル人は、英語がほとんど話せない人だった。

自分はなぜか、ジョディとウイグル人の通訳。

「中国人とウイグル人の関係はいいの?悪いの?」
「関係は・・・あまりない」
「He said, the relationship between...」

不思議なもので、日本語で話を始めてしまうと英語がまったくでてこなくなったりもする。頭の中の言語のメモリーって、結構少なかったりするんだろうな。

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なにはともあれ、人数が多いとたくさん頼め、いろいろ食べることができていい!


>続く

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