充実!東海汽船主催「島トレ・レンタル原付バイクで巡る伊豆大島ツアー」(3)波浮で地魚寿司&東岸絶景ルート

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ランチは大島の南東の角にある大きな集落・波浮で。
ここの中心は波浮港で、江戸時代から昭和初期まで「風待ちの港」として多数の漁船が停泊し、賑わった場所とのこと。

●波浮の港を愛する会

このサイトを見ると、丸い入り江に漁船がびっしり停泊している当時の様子がわかる。文人も多く訪れ、歌謡曲「波浮の港」はじめいろいろ作品が生み出されたとのこと。

そんな時代の目抜き通りがここ。

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往時の繁栄の名残がこれで、当時としては珍しい木造3階建ての建物だ。今は周囲をトタンで囲んでしまっているが、きっとその内側には海風にさらされて年季の入った外壁があるのだろう。

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そしてランチは、「伊豆大島で一番」と東海汽船の方もお巡りさんも皆口をそろえて言う「港鮨」。外からお客さんが来れば必ずここに連れてくると話していた人も。

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地魚の握り寿司。
ひとつずつ説明してくれたのに、すっかり忘れてしまった。

確かに美味しい!
こりこりっとした食感も、とろける甘味も。

「そしたらちょっと食後のデザート食べに行きましょう」

東海汽船の方の呼びかけで通りにでると・・・

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人数分のコロッケが入った箱。
揚げたてアツアツ!

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食べて「デザート」納得。
ものすごく甘いほくほくのじゃがいも。

「波浮に来たら間違いなく食べるよね」と東海汽船の方が話していたが、それも納得だ。あとで思い出してまた食べたくなる味。ソースかけたらもったいない。

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販売しているのは、港鮨のある路地の入口近くにある鵜飼商店。この辺りはそれほど観光客多いわけではないのだが、次から次に人が入っていき、コロッケ一個手にしてまた出てきた。

きっとガイドブックなどでも有名なところなのだろう。

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路地から高台に向かう石造りの階段入口には「文学の散歩道」という石碑があった。少し上がっていくと、突き当りの左手に旧港屋旅館がある。

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今は「伊豆の踊り子」の資料館となっていて、建物は無料で見学ができる。


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風情ある昔のままの木造建築。
無料資料館なんかじゃなく、歴史ある和風旅館として運営しても大人気なんじゃないかなと思ってしまう。

せっかくなので入ってみてびっくり。

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なんと人形まで!

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二階の渡り廊下も、まるで昭和初期にタイムトリップしたかのよう。ボタンを押すと音楽が流れ、舞い始める人形もあった。

ツアーなのであまりゆっくりはできなかったけど、次訪れたらもっとじっくり掲示物も読みたい場所だ。

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さらに階段は続き、運動不足の身には少々応えたが、途中にはここに滞在し作品を残した文人たちの石碑が点在する。

これは幸田露伴。

●幸田露伴 波浮の港を愛する会

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登りきったところに構えも立派な建物が現れた。

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石蔵となまこ壁と石畳が残る街並みは「甚の丸」。網元の家がありその屋号だそう。伊豆の踊子たちもお呼ばれしてそのお屋敷で踊ったりしていたという。

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ここで必ず立ち寄るべきがこのたい焼き屋さん。
この建物も歴史を感じさせる。窓もレトロだ。

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たい焼きとタコ焼きとかき氷。

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たい焼きの餡のバリエーションが豊富で、「ハムチーズ」「玄米リゾット」なんてのも。

また冷やしたい焼きの「黒ゴマカスタード」も気になる。タコ焼きも美味しそうだなあ。

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窓際には椅子とテーブルも置かれており、中で座って食べることも。窓の外にはなまこ壁。ひとりで来ていたらきっと、ここで島旅ならではのまったりした時間を過ごしていただろう。

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ただちょいお腹に余裕がなかったので、たい焼きは他の人が買ったのを撮影するだけ。食べるのはまたの機会に。

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たい焼き屋の脇のこの細い石畳の路地もステキだ。

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軒下に吊るされたハンギングチェアがゆらりゆらり。
朝方空に広がっていた厚い雲はいつの間にか彼方へと消え去っており、まぶしいくらいの晴天となっていた。

地面に落ちる木々の葉の影もくっきり。
まるで真夏だ。

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玉石垣は八丈島が有名で、青ヶ島など他の島にも残るが、伊豆大島でも似たような石垣が作られていた。風が強い島では、家の周りを石垣で囲って母屋を守っているところが多いが、素材や積み方は島それぞれ。

ずっと前に、離島の石垣めぐりが好きという人から聞いたそんな話を思い出した。

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ふたたび階段を下りて波浮港へ。
そしてバイクに乗って高台へ。

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高台には波浮港の全体を上から見下ろせる見晴台がある。
この波浮港、地図で見るとよくわかるのだが、きれいな円形をしている。

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実はここも、火山の爆発でできた噴火口で、それが海とつながったものなんだそう。まさか港までが火山地形とは。伊豆大島はほんと、火の島なんだなあと。

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アンコ椿は恋の花。
私の世代だと、子供の頃の懐メロ番組でよく聴いていた都はるみの曲だ。

●アンコ椿は恋の花 都はるみ - YouTube

伊豆大島が舞台の歌詞だと、今回初めて知った。
そいや歌詞に「波浮港」って出てきてたよ!

ここで、経験者組を引率してくれていたお巡りさんが「ちょっと違う道を通ろう」と。なんでも大好きな場所とツーリングルートがあるんだという。

この時ほどアクションカメラ「GoPRO」を宿に置いてきたことを公開したことはない。本当に絶景ルートだった。

その方がお気に入りというスポットは、ダート道の両脇の木がトンネル状態になり、その正面に水平線が現れるという場所。思わずため息が漏れる。

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龍王崎灯台の近くには、第二次世界大戦時の塹壕や弾薬庫の跡地も残る。

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島全体が、本土決戦に備えた前線基地になっていたようだ。

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写真の中央あたりに真っ平らな土地があるところ、ゴルフ場かヘリポートかという感じだが、米軍の何か施設があったところだそう。

その話もお巡りさんから聞いたのだが、何の施設だったか忘れてしまい検索していたら、こんな記事に出会った。

●幻に終わった"共和国" 伊豆大島がつくろうとした憲法とは? | THE PAGE 東京


東京湾の玄関口である竹芝客船ターミナル(港区)からジェット船で約2時間。伊豆諸島最大の大島は、120キロメートルほど離れています。人口は約8300人。そんな小さな島が独自の憲法を制定しようとしたのは、1946(昭和21)年のことでした。

敗戦直後、実質的に日本を統治していたGHQは、大島を日本から分離することを指示します。その理由は判然としていませんが、前触れもなく大島は日本から切り離されることになったのです。


知らなかった・・・そんな史実があったなんて!

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そこから筆島へ。

この時に走ったのもお巡りさん一押しの道。
これがもう最高に気持ちいいルート!!!

本当は危ないんだけど、どうにも我慢できず360度カメラ「THETA S」で撮影した動画がこれ。マウスで左右前後好きな方向を見ることができる。

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海からいきなりの急斜面となる伊豆大島・東岸のダイナミックな地形。大きく弧を描く海岸線の真ん中にぽつっと突き出す島が「筆島」だ。

気付けばいつの間にか、風も強く吹き始めていた。

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そしてこの後、いよいよツーリングのハイライト「裏砂漠」だ。

> 続く

●5/6~8 大島原付バイクツアー(東海汽船 添乗員の部屋)
●島トレ・原付レンタルバイクでめぐる伊豆大島(ぶちブログ)

[旅]伊豆大島原付バイクツアー2016年5月

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