小田原から築地までの100キロを歩く~第1回 東京エクストリームウォーク100に参加(後編)

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勝負は50キロからだと思っていた。

というのも、10日前に山手線一周をした際は、52キロ歩いても小さなマメが一か所でき、足の裏が少々痛くなり始めたくらいだった。その前の練習では脚が少々痛かったが、それはスポーツシューズ初日だったせい。ハッキリ言って前半50キロは余裕だろうと思っていた。

それが思いもかけず、20キロ地点から右太腿の痛みを発症し大幅ペースダウン。50キロ地点で既に12時間50分を使ってしまっていた。53キロ地点に作られた第2チェックポイント(CP)に辿り着いたのは、関門時間わずか13分前。前半20キロ地点まではそこそこのペースで歩いてきたことを考えると、ここから先の後半、今までよりはるかにペースを上げなければ第3AS(AS)・3CPの関門に間に合わなくなる。

事前の想定とは違う意味で

「50キロからが勝負」

になってしまった。

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第2CPは全体的に暗めだったが、ひとつ前のASより食べ物・飲み物のバリエーションがは充実していた。溶かして飲むお汁粉なんてのもあり惹かれた。

バナナもいいなあ。美味しそうだなあ。

でもまずは座りたいし、靴も緩めたい。関門時間にギリギリ滑り込むことができホッとしたのもあり、全身が休息を求めていた。さらに言うと巨大な睡魔が襲ってきていて、頭がボーッとしていた。

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ここでもボランティア鍼灸師による鍼治療が行われていた。ただ聞くと既に何人もが順番待ちしているということなので受けるのは断念。

靴を脱いで自分で足をよく揉み、ストレッチしよう。そう思った時だ。スタッフがあたり一帯で休息していた人達に呼びかけた言葉が予想外の内容だった。

「関門時間までにここを出発しないと失格になります」

えええっ?!
あと10分じゃん!!!

そして鍼灸エリアにもやってきて、施術中の人がどのくらいで終わるか確認していた。その場にいたボランティアや順番待ちの人達にも激しい動揺が走った。

おそらく自分含め、関門時間とは、その時間までに入ればいいと思い込んでいた人が多かったのだろう。後でちゃんと確認したら「関門時間までに"通過"」することが必要だった。

ここで自分は大きな決断を迫られた。

リタイアするかどうか、だ。

この時点で既に関門ギリギリの自分。疲労蓄積し睡魔との戦いも本格的に始まるここから先、ペースを上げて関門クリアし続けられるとは思えない。悔しいけど仕方ない。激痛の太腿抱えて頑張ったよ自分。

その時近くの人が「エクストリーム(極限状態)」という言葉を発した。

砂浜で出会いしばしお話ししながら歩いたマスダさんは、10キロ超もの荷物を背負っていた。あれで数十キロを歩き続けるなんて自分には想像もつかないが、確認している限り彼はリタイアしてなかった。

あれこそがエクストリームだ。

自分を甘やかしてはいけない。自分はまだ、エクストリームじゃない。

幸い太腿の激痛は治った。ここから前半以上のペースで歩くのは無理だなんて誰が決めた。やってみよう、関門突破できるかどうか。

スマホの内カメラで自分の顔を見ると、自分でもびっくりするくらいげっそりしていた。こんな顔で歩いてちゃ、そりゃ気分もあがらないよね。

そう思って笑顔を作ってスマホで自撮り。
すると不思議と元気がでてきた。Twitterにも決意表明を投げた。

睡魔と疲労で、座り込みたい欲求がマックスになっていたので、濃茶と眠眠打破を購入。

もともと眠眠打破は効きやすい体質なのだが、この時ほどの効果を発したことはない。飲み終わった少し後から、自分でも不思議なほどに・・・

「テンション・マックス」

になってしまったのだ。

まるでイノシシ憑依。パワーに満ち溢れ、グングン前に進めるし、なんならこのまま走り出してもいいほどの気分になってきた。イケナイ薬をきめちゃったみたいな。

「関門突破!」が頭の中をリフレインし、ペースもどんどん上がった。

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場所はちょうど横浜市の中心部。
目指すは86キロ地点の3CPだ。

第2CPに飛び込んだのは関門13分前だった。
この13分間を30分以上に広げたい。そのバッファがあれば、ゴールまでのラスト14キロにも心の余裕が生じるし、「必ずゴールする」という覚悟も、「きっと歩ききれる」という確信も生まれるはずだ。

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夜景も見事で、これもまた奮起する要因の一つに。

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最後尾近くな上、公共交通機関も終わっている時間帯だったので、ギブアップした人を回収する「収容者」も各地で待機していた。

あの車の窓ガラスをコンコンと叩いて中に入れば、「座って眠れる」最高の天国が待っているんだよなあ。

と思うと吸い込まれそうにもなるがダメダメ。自分はまだエクストリームには至ってない。まだ歩ける!

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生麦生米・・・

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すごい駅名だ!

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そしてペース上げた結果、チェックポイントから後の2時間ほどは、休憩やコンビニ立ち寄り入れても平均時速5.1キロに。

これなら関門突破できる!

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そして空がうっすら白み始めた頃、川崎の第3ASである「稲毛神社」に到着した。

今までで一番、静かな休憩地点だった。聖域である神社の中というのもあるが、それ以上におそらく

「魂が半分抜けた状態」

の人が多かったせいかも。座っててもストレッチしてても、水分補給していても、目が虚で一言も発さずなのだ。

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最後のウォーキングに備え、ここで靴下を交換し、足裏にしっかりワセリンを塗りなおした。幸い、かかとの側面に小さなマメが一個できているだけ。足裏全体は腫れて痛いが、前半の太腿の痛みがないだけで幸せを感じられる。

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スタッフの方も本当に暖かく接してくれた。笑顔での励ましがとてもありがたい。写真も撮ってもらった。

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横たわるためのブルーシートも用意されていたが、二度と起き上がれなくなりそうなのでここには近付かず。

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そして大きく蛇行する多摩川。川崎から対岸の大田区雑色までは橋を渡れば一瞬なのだが、ルートはそうではなく、大幅な迂回となる。

雲が厚く立ち込め日の出は拝めなかったが、流れも感じさせない多摩川下流風景は美しく、癒される。

前日の日没は18:50で日の出は4:27。
100キロの内、実に40キロ以上は夜間ウォークだった。風景が見えないと気を紛らわすのも難しく、精神的にはだんだん追い詰められていくものだ。

そんな点でも、待ち焦がれていた朝だった。

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神社でスタッフの方が「河川敷に馬がいますよ。走ってる所も見れます」と言っていたんだけど、本当にいた。それどころかちゃんと信号待ちして道路を渡っていた。

河川敷に競走馬の練習コースがあり、堤防の公道をはさんだ反対側に厩舎があったのだ。気持ちよさそうにコースを疾走する馬たちを見ていると、それだけでリフレッシュする。

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しかしあれだ。

う回路は想像以上に長かった・・・

疲れのせいか引き算ができなくなっていて、川崎の3ASから大田区の3CPまでを7キロと考えてしまい(実際は15キロ)、「2キロくらいで折り返し地点のガス橋に到着する」と思い込んでしまっていたのだが、なかなか見えてこず首を傾げていた。

計算間違っていたと気付いたのはかなり歩いた後だ。
まあ近いと思っていたほうが精神的にラクチンなのでよかったんだけど。

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ガス橋から見た多摩川。

時間的に朝のウォーキングやジョギングに来ている人達が多く、ゼッケンをつけて死んだように歩く我々に興味津々の目を向けてきていた。イベント開催にしては早朝すぎるし、特に自分の頭にはイノシシがいるから当然だ。

田舎出身なのでこういう場面では「おはようございます」と自分から声をかける習慣なのだが、そこから会話が始まったりもする。

年配男性「どこからですか?」
イノシシ「小田原からです」
年配男性「歩き始めたのは?」
イノシシ「それが小田原なんです、昨日の午前10時スタートの100キロウォークで」
年配男性「えええっ!!!」

そりゃ驚くわな。

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橋を渡れば東京都大田区。
築地まではあと一息だ。

深夜に飲んだ「眠眠打破」の効果はすでになく、足の痛み以上に睡魔との闘いのほうが厳しくなっていて、堤防コースでも石の階段などあるとつい座ってしまうようになっていた。

そしてここで今回最後の"出会い"があった。

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歩道橋の陰にいたのは、Tomakiさんだった。

出発地点でも会えず、2ASは自分より1時間半以上早く通過していたはず。なのでこんな場所で遭遇し、嬉しい気持ちより驚きのほうが大きかった。

Tomakiさんは靴下脱ぎ足裏の手当てをしていたんだけど、ちらっと見てさらに驚いた。足が地面に着く部分全面が真っ白く膨らんでいたのだ。全面の巨大なマメができていた。涼し気な表情で楽し気に晩御飯をどこで食べたかとか馬の話をする姿からは想像つかなかった。

どんだけの痛さだろう・・・。
後半で大幅にペースダウンした理由も理解した。

一歩踏み出すのも辛い状態だろうし、それで頑張れと言っても負担だろう。自分のペースで歩いたほうが楽だろうなと思って先に歩き出したんだけど・・・

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途中で心配になって振り返ったら同じスピードでサクサクと歩いていた。
しかも笑顔で。

本当に強い人だなあと。

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そして私の写真も撮ってくれた。

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3AS以降は休憩も増え、ペースも落ちてしまったが、「関門突破」を決意した後21キロのスピードは時速4.5キロをキープ。貯金もかなり増えた。

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一昨年数カ月間暮らした懐かしい雑色のOKストア。
まさかここを、こんなボロボロになって歩く日がくるとは思っていなかった。

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そして最後の第3チェックポイント、大田区運動総合体育館。86キロ地点だ。
時間は7時31分で、関門時間は8時半。

「関門までの時間を30分まで広げたい」

と思っていたが、なんと1時間もの余裕をもって関門に入ることができた。うれしい!

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最後のエネルギー源になりそうなものもたくさん用意されていた。関門時間の関係で2CPで食べそびれたバナナもここでいただく。

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そして胃によくないことを承知の上で、二本目の眠眠打破。

仕事で朝まで貫徹とかしてもさほど大変という記憶はないのだが、肉体的疲労が蓄積した状態での徹夜は本当にこたえる。

「眠るな、眠ったら死ぬぞ」

的な遭難シーンを映画やドラマでは見るが、こんな感じなのだなあと。

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朝方でまったく暑いわけでもないのに、前髪びっしょり濡れているのがお分かりだろう。ずっと汗がとまらないのだ。水分補給はたっぷり行っているので脱水症状になる心配はないが、バイクで言えば本来の走行性能を越えた走りを何時間も続け、エンジンが熱々の状態だ。

人間は基本的に、24時間そして100キロを歩くスペックではない。身体にかなりの負担がかかっているのがわかる。

イノシシだけは元気。

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もう最後だ。
使い切ったって問題ないと、エアーサロンパスを存分に太腿に吹きかける。

場所はJR品川駅の少し手前、東海道53次の宿場名が刻まれた石がずらり並べられている場所だ。

自分は10年前に東海道53次を歩いている。
懐かしい宿場の名前が次々と出てきて、完全に忘れかけていた記憶もよみがえってくる。

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小田原と刻まれた石もあった。
昨日の今頃は小田原の古民家の宿で出発準備をしていたんだよなあ。東海道53次ウォークの時は一日17~20キロくらいだったので、品川から小田原の間は何日もかけて歩いた。今回は一日。よく歩いたなあ。

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JR品川駅。
グループで参加している人たちも、もはや会話する気力もなくなっていて、信号待ちではしゃがんだり柵に座ったり、あとストレッチする人も。

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ASでもらったアミノバイタル「パーフェクトエネルギー」を注入。
栄養補給というより「精神面でのパワー注入」だ。

「これを飲んだからさらに元気になる」

と何度も何度も思い込むと、不思議と気力がみなぎってくる。
自分で自分に催眠をかけるのは割と得意なほう。心折れることが多かった子供時代に身に着けたスキルのひとつだ。

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東京タワーも見えてきた。
ふもとの芝公園は、GoRUCK練習会で週末に来ている場所だ。

あと少し!!!

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足裏の痛みと睡魔もピークで、座れる場所が目に飛び込んでくると休憩してしまう状況だったが、ここで自撮りしてFacebookに投稿した。

増上寺前。 あと2.8キロ、泣いても笑っても。

もう止まらないで歩く、ゴールまで。

そう決めてしまうと、実は気持ち的にとても楽になる。
誘惑されて心揺さぶられる必要がないからだ。

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そして遂に!!!

ゴールの朝日新聞本社が見えてきた!
なかなか感動の瞬間だった。

待ってろ、朝日新聞。
あと少しだ!!!

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解体工事中の築地市場を右に眺めながらぐるっと建物を回り込む。
スタッフやボランティアの人たちが、最高の笑顔で元気に声援を送ってくれる。

「あと少しですよ!頑張って!」

自分も周囲の人達とすれ違うたびに声をかけた。

「いよいよゴールですね!!!やりましたね!」

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そして朝日新聞本社前まで来てびっくり。
なんと手を振りながら迎えてくれたのは、友人のRさんだった。

来るなんてFacebookにも一言も書いていないのに、昨日歩いている様子を見てわざわざ来てくれたのだという。何時に着くかもわからない中、きっと長時間待っていてくれたのだろう。うれしい。思わずうるっとしてしまった。

そして朝日新聞本社前で、一緒に湘南の海を歩いたサハラさんがスマホを構え真剣な顔で待っていてくれた。1時間以上前にゴールしていたのに。ビールの誘惑もあったろうに。

サ「わださん、動画?写真?」
わ「私がスマホで動画撮ってる」
サ「わかった、写真ね」

このあたりは遠い過去、山崎蒸留所だなんだとブロガーとして一緒にレポート旅してる仲なので、久々とはいえ「ベストシーンを撮る役割分担」はあうんの呼吸。

てっきり朝日新聞本社前がゴールなのかと思ったら、拍手で迎えてくれたスタッフ・ボランティアの人達が笑顔で、でもちょっと同情の顔つきでいう。あと少しだけど階段だと。

え。

階段ってもしや、朝日新聞本社正面のあの長い階段???すぐ隣にエスカレーターがあるから歩いて登ったことないけど。

ぱんぱんに腫れ、地面に接地するだけで悲鳴あがりそうな両足裏にあの階段はこたえた。本当にこたえた。足裏ひどいことになっていたTomakiさんとかはもっと辛かったろう。

朝日新聞本社、きっと感動の場所になるだろうと思っていたけど、最後のあの容赦ない階段のせいでむしろ・・・

「軽いトラウマ」

になったよw

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でも最後は駆け足でダッシュ。ライトに照らされる中、階段を登り切ったところでゴールテープを切った。あの階段がきっと、エクストリーム(極限)体験に必要な最後の〆だったんだろうなあ。

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ゴールしてびっくり。2時間以上前にゴールしていたGO RUCKつながりの人達もそこにいた。

Rさんと写真撮り、サハラさんに別れを告げ、もらったばかりの記念Tシャツに着替えてGO RUCKチームの3人と記念写真。公式カメラマンにも写真撮ってもらった。

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そして近くの中華屋さんで冷たいビールをジョッキ2杯。

ビールがこんなにも美味しいものだったなんて!

このために100キロ歩いてきたんだなあと思えるほどに。こんな美味しいビールが飲めるならまた・・・100キロ歩こうとはみじんも思わないけど。

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ゴールしたのは11時19分で、タイムは25時間19分。
ゴール関門時間はスタートから26時間後の12時だったので41分前だ。

いやー、100キロウォーク。
こんなにもきついものだったとは。

そして達成感も大きかった。
参加してよかった。

またいつか・・・
いや、二度と歩かないぞ(笑

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