大地震の日、池袋で見た風景(2011年3月11日)

写真自分の記録として書いておく。

異変に気付いたのはJR池袋駅の地下改札口をでて、東口に向かって歩いていた時。通路片側のワゴンで生花を販売していた女子店員の様子が奇異だった。

まるで小さな子どもと鬼ごっこをしているかのように、立ち上がったりしゃがんだり。よく見ると、泣きだしそうな表情だった。

「なんで!なんで皆、気付かないの!?」

こんなに揺れているのに!彼女は通路に向かってそう叫んでいた。

近寄ろうと足をとめた瞬間、地面の揺れに気付いた。
「確かに揺れてます」と彼女に向かって答えた。

自分達の周囲は、何事もないように出口に向かい先を急ぐ人々。
地下は揺れも少なかったのだろう。自分自身、足を止めるまで気づかなかったのだから。

しかし次の瞬間、天井からも地面からもミシッと音が響くほどの揺れがあり、天井の案内板などが大きく動き始め、あたりは騒然とした。

駅や地下での地震は、時にパニックを引き起こす。
階段や駅出口で人波に飲まれるのは嫌だったので、階段少し手前の柱近くで少し待機した。

写真
▲2011年3月11日14:49 JR池袋駅地下(東口へ上る階段手前)

実際にはさほどのパニック状態は発生せず、多くの人が比較的冷静に、早足程度で階段を上り、地上東口へと向かった。「みんなパニクりすぎだよ。そんな走る必要ねえじゃん!」と同じことを盛んに繰り返していた若い男性が、自分見た中では一番動揺していたか。

写真
▲2011年3月11日14:51 JR池袋駅東口

地上に上がって驚いた。
既に駅前はものすごい数の人達。

西武線の駅や池袋パルコ・西武の一階から飛び出してきた人も多かったのだろう。数人連れのグループは、興奮気味に話をしていた。人はこういう時テンションあがりすぎ、別に楽しいわけでもないのに無駄に顔が笑ってしまったりする。

実際若い人には、興奮気味な笑顔の人が多かった。

ひとりきりの単身者は、携帯と真剣ににらめっこ。
携帯電話をかけている人も結構いた。
自分自身もiPhoneで写真を撮り、さっそく一発目のTweetを送信。

池袋駅地下、軽いパニック。地上に出た。 http://twitpic.com/48d692less than a minute ago via Echofon

地震は結構大きく、そして長かった。
大声で話す周囲の人達の会話から、すぐに震源が宮城だとわかった。

「これ、でけーよ」
「まじびっくりした」
「震度いくつだと思う?」

そんな人混みをかき分けながら、服部珈琲舎に向かった。この日は「東京打ち合わせ場所ナビ」というサイトを作るための「実地レポート」のため、都内主要駅をまわる予定だった。

写真
▲2011年3月11日14:53 JR池袋駅東口

駅前の横断歩道を渡る頃には、車道にまで大群衆がせり出していた。信号がどうなっていたか確認しなかったが、タクシーや自家用車も完全に立ち往生。

写真
▲2011年3月11日14:58 服部珈琲舎(JR池袋駅東口正面)

この日、東京はとてもよく晴れていた。
地上で大騒動が起きているなんて全く知らない雲が、雑居ビルの間を漂っている。

「山手線・・・こんな揺れたらしばらく走らないよなあ」

再び階段を下り、池袋駅の地下通路を入っていった。

写真
▲2011年3月11日15:02 JR池袋駅山手線ホーム

余震を警戒しつつ無理して駅に戻った理由はこのチケットにある。
山手線の5つの駅で降りる予定だったので、よりによって都区内フリーきっぷを購入してしまっていた。池袋駅はその最初の駅。

なんだってこんな日に、都区内乗り放題チケット買ってしまったんだ、自分! http://twitpic.com/48dbd2less than a minute ago via Echofon

しかしアナウンスは無情。
運転再開のめどはまったくないとのことだった。

さらに隣の東武線ホームからは、余震で構内は危険なので早く立ち去るようにといったようなアナウンスすら流れていた。確かに地下通路でしか出口とつながっていない池袋駅は、地震で崩壊したら、逃げ場がなくなる。

1650円を惜しんでいる場合じゃないよ!

・・・と思い改札にいったのだが、ダメ元で駅員さんに聞いてみたところ、改札機に飲みこまれた「いき」のチケットを拾い出して、全額1650円払い戻してくれた。こんなカオスの中なのに、JR駅員さん親切すぎ!

また揺れてる。こういう時は街中の通りのほうが危険。上からの落下物あるので。いま、池袋駅西口柱横。less than a minute ago via Echofon

駅構内から早く立ち去るようアナウンスも流れていたため、反対の西口にやってきた。

が、その間も大きな余震が続く。
雑居ビルの多い通りよりは、いつでも逃げられる体制で駅地上出口の内側にいたほうが安全かなと思い、しばらく様子を見た後、やっと外に出た。

写真
▲2011年3月11日15:22 JR池袋駅西口

「相当な長期戦になる可能性あるなあ~」

とりあえず駅周辺の避難所を地図で確認した。

サンシャインシティ横の区立総合体育場一帯、そして立教大学が、近隣の広域避難所に指定されていた。この大地震の直後なら、60階建ての建物の近くよりは、木がたくさん植えられた大学構内のほうがいい。

写真
▲2011年3月11日15:26 JR池袋駅西口

西口もすごい人混みだった。
周辺の喫茶店やショップの店員さんも店から避難してきていた。

大声で「ほんと怖かったわよ!」「あら、また揺れたわ!」と連発しあってるおばちゃんもいれば、既に全然関係ない話で盛り上がっているグループも。広場全体が非日常の興奮に包まれていた。

そう、自分達はまだこの時、
全く知らなかったのだ。

写真
▲2011年3月11日15:26 JR池袋駅西口

地震発生から40分が経過したまさにその同時刻。

東北沿岸部の町には、家をなぎ倒す勢いの津波が押し寄せ、駆け逃げる大勢の人達を次々飲みこんでいた。この広場にいる群衆の何十倍もの数の貴重な人生が、わずか一瞬で消えていたことを。

写真
▲2011年3月11日15:28 池袋西口公園

駅前に広がる池袋西口公園は、テレビドラマ化された「池袋ウエストゲートパーク」のロケ地としても有名。雑居ビルが立ち並ぶ池袋駅周辺では、ここが避難所のような場所になっており、スーツ姿・制服姿の人達も多くいた。

新品ヘルメットの一団は、防災準備も行きとどいた大手企業の社員なのだろうか。

近くの会社の人かな?ヘルメット集団もいる池袋駅西口の公園。「 ビルから退避してください」というアナウンスがあったそうだけど、「 戻ってよしのアナウンスってどうなってるの?」という素朴な疑問を投げかけてた。 http://twitpic.com/48dm49less than a minute ago via Echofon

「いいなあ、うちの会社なんてヘルメットもないよ」

とボヤク人達も。
こんな時に、ちょっとした格差を見た思いだった。

写真
▲2011年3月11日15:49 ドラッグストア

避難民たちの会話を聞き流しながら駅前をうろついた後、まずは必要なものを購入することにした。幸いiPhoneのバッテリー充電機は持っていたので、予備の単三電池。夜に備えて使い捨てカイロ、栄養補給用にチョコレート。

飲み物は既に山手線のホームで購入していたので、銀行に行って5万円を引き出した。お金さえあれば、最悪タクシーにも乗れるしホテルにも泊まれる。

写真
▲2011年3月11日15:53 JR池袋西口近くの通り

歩道の一部が、警察の黄色い制止線で囲われていた。
婦人警官が近寄らないよう通行整理を行う。

写真
▲2011年3月11日15:53 JR池袋西口近くの通り

見上げると、三階の歯医者の窓ガラスが割れていた。
治療の機械のアームが見えたので、それがガラス窓に倒れたのかもしれない。

かなり大きなガラスの破片が降ってきたことだろう。

駅前の歩道に人が歩いていなかったはずはない。
大怪我をしていないといいのだけれど。

そんなことに!犠牲者がなるたけでませんよう。RT @ak6670: あー!仙台が津波で、名取川あたりで、家も物もみんな流されてる!!!!逃げて~~~!!!less than a minute ago via Echofon

iPhoneでそんな風景をTweetしようとして、
仙台の津波のことを知った。

家!?

写真
▲2011年3月11日16:05 東京芸術劇場内一階のカフェ

津波情報も気になったので、休息かね、東京芸術劇場内入り口右手にあるカフェでコーヒーを注文した。近隣のカフェがどこも満席だったのに、ここは半分以上空いていた。ガラス張り構造ゆえかもしれない。

ホテルとっちゃうか、JR再開待つか悩み中。どの位で動くかなあ、高崎線。カフェのテーブルを、横須賀から来てたというサラリーマンとシェア。less than a minute ago via Echofon

50代の穏やかそうなコート姿の男性だった。コーヒー片手に立ったまま飲んでいたので、「ここどうぞ」とテーブルをシェアし、地震の話を少しした。自宅は横須賀で、たまたま講習会のため出張できたのだという。

「まったく運が悪いですね」

神奈川の友人の家が停電になったと、Twitterで仕入れたネタを披露した。
津波の話もしたが、家は高台なので大丈夫と言っていた。

「私は安いホテルとっちゃおうかなと思って」
「大丈夫ですか?安くていざという時に危ないところはダメですよ」

そう笑顔で言いながら、「なんとか帰らないとね」と去って行った。
横須賀はどう頑張っても無理だよなあと思いながら、無事を祈って見送った。

数十分そこで時間をつぶした後、初老の夫婦にテーブルを譲るため、店をでた。

のんきな気分は消えていた。

カフェの中でTwitterのTLを読み、この一時間の間、テレビで現実とは思えないような悲惨な映像が繰り広げられていたことを理解した。津波に襲われ、空港までが水没したという。家が流されているとも。ただテキスト情報だけなので、現実感はもてなかった。

写真
▲2011年3月11日16:48 電話ボックスに並ぶ人々の列

かなり冷え込んできていた。公園に退避していた多くの人達は店やオフィスに戻っていたが、山手線の再開見込みはなさそうで、滞留している人も多かった。

公衆電話のボックス前には行列ができ、都バスも動き始めていたが、列は延々と長く続き、埼玉の自宅まで帰るルートはなかった。

写真
▲2011年3月11日16:49 寒さを避けデパートの中にたむろする人々

ルミネは営業を中止しており、通路に行くあてのない人達がたむろしていた。
外よりはましだがかなり寒い。

間もなく17時。
それを過ぎれば東京は魔の帰宅ラッシュ時間帯に突入する。

その段階で山手線だけでなくすべてのJR線・私鉄が運行再開されていないとなると、そもそも今日中の運行再開自体がなくなる可能性も高い。既に大きな余震だけで3回以上あり、設備点検だけでなく、さらなる余震に対する警戒もあるはずだ。

近くのホテルとった。ま、すぐ電車動いてもいいとする。RT @atosea: 泊まった方がいいでしょう RT @ak6670: 早くおさえたほうが!余震もあるし!RT @wada_akiko: ホテルとっちゃうか、JR再開待つか悩less than a minute ago via Echofon

今考えてもこれが結構ぎりぎりタイミングだったと思う。

写真
▲2011年3月11日17:16 さくらホテル別館&さくらカフェ

さくらホテルは、ドミトリー部屋もあり、日本に個人旅行で訪れる外国人に人気の高い宿だ。シングルルームは一泊5000円台で泊れ、24時間オープンのカフェも併設されている。

写真
▲2011年3月11日17:17 さくらホテル別館フロント前

設置された大型テレビでは、被害の模様を刻々と映し出していて、欧米からの旅行者達が食い入るように見ていた。パソコンに向かっている人達も、TwitterやFacebookで、母国の友人・家族たちに無事を伝えたり、日本の状況を発信しているのだろう。

写真
▲2011年3月11日17:29 さくらホテル本館シングルルーム

部屋に入ると、疲れがどっとでた。

正直、大きな余震がまた来るかもしれない段階で池袋にはいたくないのだが、凍えながら来ない可能性の高い電車を待ち続けるのも、帰宅ラッシュに巻き込まれるのも嫌だ。宿泊者間の連携もとりやすいバックパッカー宿なので、地震になっても孤独な不安もない。

池袋駅周辺で難民な方、西口のさくらホテルはまだ部屋あるみたい。5400円。ホテル内カフェもテーブル空きあります。外人ばかりですが。03-3971-2237less than a minute ago via Echofon

18時前に早くも帰宅断念する人は少ないだろうが、一応情報はシェアしておいた。

そしてテレビ映像を見た。
津波が次々と家を飲みこんでゆく衝撃は、自分が想像していた以上。ショックだった。

山手線、中央線など首都圏のすべての列車の運行を今日いっぱい取りやめるとのこと。いま、NHKで流れました。less than a minute ago via Echofon

都内ではこの夜、未曾有の帰宅難民が大量発生した。

写真
▲2011年3月11日20:39 徒歩で帰宅する人々

夜、お弁当を求めて大通りにでると、駅とは反対方向に向かって歩く人の流れができていた。帰宅ウォーカーだ。Googleマップを印刷したものを握りしめている人もいた。

何キロ歩くと家にたどり着くんだろう。

寒いけど水分補給だけはしっかり。
そして地震がきたら、まず頭上を確認してねと言いたかった。

昼間の大地震発生時、駅から外に飛び出した人達は、頭上を全然確認しておらず、
非常に危なっかしかったからだ。

これ以上の犠牲がでませんように。
心からそう願った、2011年3月11日池袋での行動記録は以上。

有限な人生の中のとある一日の記録つまり日記の記事一覧